大晦日は別名除日(じょじつ)といい、その夜なので「除夜」といいます。
古来より、日本には、ご先祖様はお盆と正月に家に戻ってこられるという信仰があり、大晦日の夜がご先祖様の到着する時とされていました。そのため、この日だけは夜を明かして宴を催すなど、早く寝ないで過ごす風習が生れたようです。
このように特別な意味合いを持つ除夜には、寺社への参詣もいつも以上にご利益があると考えられるようになったのでしょう。除夜に年をまたいでお参りをすることで二年分のご利益を得るという「二年参り」といった風習が各地で見られるようになり、現在では、除夜のお参りと初詣を兼ねるようになっています。
除夜のお参りと言えば、除夜の鐘。寺院では除夜会という法要を営み、場所を鐘楼に移して読経。そして、いよいよ除夜の鐘になります。除夜の鐘を撞くタイミングは、大晦日のうちに撞き始めるところもあれば、新年を迎えてからというところもあり、厳密な決まりは無いようです。
除夜の鐘の回数は百八回とされますが、これは百八煩悩といって人間の持つ煩悩の数とされます。かつては毎日朝夕二回、百八回も鐘を撞いていたといいますが、現在では年に一回に。大晦日の夜、鐘を一回撞くたびに煩悩が一つずつ清められる中で、一年を反省し、心新たに新年を迎えるというわけです。
この百八という数ですが、根拠は明確ではなく、諸説あります。
人に絡みつき、自由を失わせる十の煩悩(十纏)と、人を束縛し解脱させない九十八の煩悩(九十八結)を合わせるという説(10+98)は、説明どおり煩悩の数を足したものです。
人が持つ六つの感覚器官(六根=眼・耳・鼻・舌・身・意)が、それぞれの対象(六塵=色・声・香・味・触・法)に対した時、好・悪・平(好きでも嫌いでもない)の三種の感情が起る。その三種の感情には、染(きたない)・浄(清い)の二種があり、さらに、それらは過去・現在・未来の三世に渡り存在するという説(6×3×2×3)。六根が六塵に対した時、好・悪・平の三種の感情の他に、苦(苦しい)・楽(楽しい)・捨(苦でも楽でもない)の三種の感情が起る。そして、それぞれの感情は過去・現在・未来の三世に渡り存在するという説((6×3+6×3)×3)。以上の二説は、金銭欲や性欲だけが煩悩ではなく、私たちが日常起こす様々な感情が煩悩の源であることに気づかせてくれます。
また、インドでは数の多いことを示すのに百八という数字を象徴的に使うことが多いことから、ただ単に煩悩の多いことを表すためだけという説もあります。
その他に一年の最後に撞くことから、十二月と二十四節気(一年を二十四等分したもの。立春や秋分など)と七十二候(二十四節気をさらに三分割したもの)を足して、一年を意味するとする説もあります。 |