延暦寺は天台宗の総本山です。一般には比叡山と呼ばれています。延暦四年(785)、日本天台宗の開祖、最澄が十九歳のとき、この地に草庵を結んだことに始まります。
延暦七年(788)に最澄は手彫りの薬師如来を祀り、一乗止観院を建立したといわれます。これが後に根本中堂となります。最澄は、唐から帰国し、僧になるための受戒の儀式を行う戒壇を設けることを熱望しましたが、存命中には許可されず、亡くなった翌年に朝廷からの勅許が下り、戒壇院が設立されました。
延暦寺は、円仁、円珍、さらに良源といった優れた座主が現れ、次第に堂塔も整備されました。法然、親鸞、栄西、道元、日蓮などの祖師たちも、この延暦寺で出家し得度して学びました。延暦寺は、当時、仏教の中心地でした。
その後、延暦寺は、宗教的にも政治的にも勢力を増しましたが、元亀二年(1571)、その勢力を嫌う織田信長により焼討ちされ、堂塔は壊滅状態になりました。しかし、信長が討たれると、豊臣秀吉、徳川家康の援助により再建され、江戸時代のはじめころまでには、現在の規模に復興しました。
延暦寺は、東塔地区、西塔地区、横川地区の三つの地域に分けられます。東塔地区には、根本中堂があります。背後を除く三方を廊下に囲まれた横に長い建物であり、内部の内陣は一段低くなっています。本尊の薬師如来を安置した須弥壇には、最澄の時代より燃え続ける「消えずの灯」が灯っています。さらに、東塔には最澄の悲願によって建立された戒壇院があります。西塔地区には、釈迦堂があります。転法輪堂ともいい、本堂にあたります。釈迦堂は、秀吉が大津の園城寺から移築した鎌倉建築であり、延暦寺の中では最も古い建物です。横川地区には、横川中堂(首楞厳院)、瑠璃堂、元三大師を祀った四季講堂、恵心院、安楽律院などがあります。
延暦寺は、滋賀県大津市坂本の比叡山にあります。なお、坂本にある日吉神社は、比叡山の守護神として有名です。
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