曹洞宗には二つの本山があります。永平寺と總持寺です。この二つの本山を両大本山といっています。總持寺は、元亨元年(1321)、日本に曹洞宗を伝えた道元から数えて四代目の祖である瑩山紹瑾によって開創されました。
總持寺は、もともと諸嶽寺と呼ばれ、観音さまを本尊とする観音堂でした。ある日、瑩山は、観音さまの夢をみました。諸嶽寺へ導かれる夢でした。この不思議な夢を確かめるために、夢に出てきた能登櫛比庄(現在の石川県鳳至郡)の諸嶽寺を訪れたところ、諸嶽寺をあずかっていた定賢も同じ夢をみていたことを知り、二人は夢の出来事を話し合い、諸嶽寺を瑩山に託すことにしたのです。瑩山は、諸嶽寺を譲り受け、山号を諸嶽山、寺名を總持寺とあらためました。これが總持寺開創の由来です。
その後、總持寺は永平寺と並ぶ本山として発展しました。しかし、明治三十一年(1898)に火事となり、伽藍の大半を失いました。そこで、明治四十年(1907)に石川素童貫首が現在の鶴見の地に移しました。伽藍の一部は移転しましたが、その他は新しく建造されました。それまでの總持寺は再建され、祖院として今日に至っています。
總持寺には、大祖堂、仏殿、香積台、僧堂などの建物があります。中でも、大祖堂は国内で類を見ない大きな伽藍です。ここには、開山の瑩山をはじめ、曹洞宗の祖師が祀られています。大祖堂は、七堂伽藍の法堂に相当する建物です。仏殿は、伽藍の中心に位置し、本尊の釈迦牟尼仏、脇侍の迦葉と阿難が祀られています。香積台は、庫院に相当する建物であり、その中には木彫の大黒天が祀られています。僧堂は、修行僧の中心となる建物であり、日々、修行僧が坐禅を行っています。また、總持寺の三門には、開創時からの因縁により、観世音菩薩と地蔵菩薩を合わせ信仰する放光菩薩が祀られています。
總持寺は、横浜市の郊外、鶴見区にあります。横浜という土地柄もあり海外からの参禅者も多く、近年は開かれた禅苑として多くの参禅者を受け入れています。
|