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皆さんご存知の東大寺は、奈良県奈良市雑司町にある華厳宗大本山で、「金光明四天王護国之寺」ともいい、奈良時代に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺であります。「奈良の大仏」として知られる盧舎那仏を本尊とし、良弁僧正が開きました。
東大寺のはじまりは728年、聖武天皇の皇太子、基王の菩提を追修するために建てられた金鐘山寺にまで遡ります。
741年には、聖武天皇により「国分寺・国分尼寺建立の詔」が発せられ、全国に国府を中心として国分寺と国分尼寺が置かれると、日本の60余か国に建立させた国分寺の本山にあたる「総国分寺」と位置づけられました。
続いて743年、「盧舎那大仏造顕の詔」により、盧舎那大仏の造像事業が開始され、749年に鋳造が完了。752年には盛大な開眼供養会が行われました。
また、同じ年に、現在も東大寺二月堂に「修二会」として伝わる「十一面悔過」(じゅういちめんけか)が、実忠和尚によって始められました。この法会は今日も「お水取り」「お松明」として親しまれ、奈良に春を呼ぶ法会として幅広い信仰を集めています。
また、唐の僧鑑真が754年に請われて日本に来た際、大仏殿宝前に設けられたわが国初の戒壇に於て、聖武上皇・孝謙天皇等に戒を授けました。以後、鑑真は戒律運動の指導者として、大仏殿の戒壇を移築した東大寺戒壇院を中心に活動しました。
奈良時代には中心堂宇の大仏殿のほか、東西2つの七重塔を含む大伽藍が整備されましたが、中世以降、2度の兵火で多くの建物を焼失してしまいました。現存する大仏は、台座などの一部に当初の部分を残すのみであり、現存する大仏殿は江戸時代(18世紀初頭)の再建で、創建当時の堂に比べ、間口が3分の2に縮小されている。
1998年に古都奈良の文化財の一部として、ユネスコより世界遺産に登録されています。
東大寺は多くの国宝、重要文化財などを含めた、歴史的に貴重な遺物が数多く残されており、また、古代から現代に至るまで広い信仰を集め、日本の文化に多大な影響を与えてきた寺院であります。
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