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臨済宗
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臨済義玄 ・禅宗 ・黄竜派 ・楊岐派 ・白隠 ・看話禅 ・臨済録 |
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臨済宗は、もともとは、中国の禅僧・臨済義玄(?-867)を開祖とする禅宗五家の一派。留学僧や中国からの渡来僧によって日本に伝えられました。
臨済の後、中国臨済宗には黄竜派と楊岐派の二派が生じます。日本に初めて臨済宗を伝えた栄西(1141-1215)は、黄竜派について学びました。栄西が帰国をしてからおよそ160年の間に、46人もの僧侶が禅宗を日本に伝え(四十六伝)、24人が流派を形成したそうです(二十四流)。そのうち3流派が曹洞禅で、残りはすべて臨済禅。21派の臨済禅のうち、栄西以外は全て楊岐派でした。したがって、栄西が日本の臨済宗の開祖と称されることがありますが、臨済宗各派の開祖がおり、日本に最初に臨済宗を紹介した人物が栄西であるとする方が適切かもしれません。
臨済宗は鎌倉・室町時代には武家政治とも交流を持ち、また、詩歌・美術の世界にも影響を与えるなど、大いに発展。しかし、室町幕府の弱化や戦乱などにより一時期衰退します。
その衰退期にあった臨済宗を復興させ、中興の祖と仰がれるのが白隠(1685-1768)です。現在、臨済宗には14派ありますが、いずれも白隠の流れを汲んでいます。
臨済宗の各派は大本山の名前を派名にしており、建仁寺派(京都)、建長寺派(神奈川)、東福寺派(京都)、円覚寺派(神奈川)、南禅寺派(京都)、大徳寺派(京都)、妙心寺派(京都)、天竜寺派(京都)、永源寺派(滋賀)、向嶽寺派(山梨)、相国寺派(京都)、方広寺派(静岡)、仏通寺派(広島)、国泰寺派(冨山)の14派。
臨済宗の特徴は、「直指人心(じきしにんしん)」「見性成仏(けんしょうじょうぶつ)」「教外別伝(きょうげべつでん」「不立文字(ふりゅうもんじ)」にあらわされます。前者二つは、余計なものにとらわれずに自らの心をずばりとつかみ、徹底的に見つめることで、自己の人間性を知り、その身が仏と違わないことを悟るという意味。後者二つは、真理を文字によって伝えられるのではなく、心から心に伝えるものである(以心伝心)という意味。
また、ひたすら坐禅をする曹洞宗の黙照禅とことなり、臨済宗では看話禅を用います。看話禅とは、禅者に悟りを開かせるために公案と呼ばれる問題を与える修行法をいいます。
禅宗では不立文字の立場から所依の経典は定めていませんが、『般若心経』、『観音経』、『金剛般若経』などが読まれます。また、『臨済録』、『碧巌録』、『伝心法要』など祖師の著作を重要視します。
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| 分類 |
| 宗派>臨済宗 |
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